「巡景詩篇」カテゴリーアーカイブ

八王子

そんなに遠くまではいかない。
運ばれていく身。
うつろであったろう。
横浜ではうまくもないそばをたべ。
わたしらは歩いた。
みずからを絹糸のように運んだのだ。
帷子川が泣いている。
だれも泣いていないのは知っているのに。
(八王子までもつかな。)
うしろから妻を、おおうように抱くと。
わたしらは消える。
川の音に。さらわれて、
祭礼の牛車になったのだ。
明日も。この路はうつろであるだろう。

焼身

大衆のステーキだ。右にまがる。
ひとはだれもいないが、
肉の食われている気配はある。
(おれは通りかかっただけ。)
夕方がまたやってきた。と。
嘆いているひとが。
死んでいるのか。生きているのか。
すがたからは見分けがつかない、
おれの代理のステーキ。
そこにはだれもいない。
鉄に触れて。
(あんただれ。)
あぶらが声をあげているのさ。

わずかな時間で

みずからの水をぬく。女のまえで。
おしっこをもらした。
もぐりましょうね。
たつのおとしご。
ほんとうにいるんだよ、このわずかな時間で。
杉田駅まえで。
それで五十年。生きたと言いはるのさ。
死ぬ前に読んだのは。
芥川。啄木。
あの難解な男が。
(なんどもらしたってだいじょうぶ。)
わたしたちのおむつ。
平安時代からの介護のよろこび。